深い山の奥のぬるい水

ももち ど ぶろぐのこのエントリにはハッとした。
世界がちょっと違って見えてくる。
これを読んだ後だともう、神社の鳥居が赤いのは「まんこ」を模しているからだとしか思えなくなってしまう。
不謹慎極まりない。
稲荷神社なんかによくある、参道に沿ってたくさんの鳥居が連なっているあの光景。あれなんかまさに膣であり「産道」の見立てだったんだなと。
納得。今まで気づかなかったのが不思議なぐらいに。
生まれてきた道を逆に辿って「かつてのあの場所」へ。鳥居はこの世の垢を洗い流し無心に帰るための、無意識に作用する退行催眠装置。
環境管理型宗教。


もう一つ思い当たったのは、日本人が持っているいわゆる「秘湯」への憧憬。人里離れた山の奥深くにひっそりとたたずむ温かい泉への幻想。
赤ん坊が狭い産道を通ってこの世に生まれてくるのは相当な苦痛であるらしいけど、こういう秘湯に辿りつくまでの道のりもある程度険しい方がよい、と思われてるような気がする。
その険しい道のりを超えて、そして膝を丸めて浸かるのだ。あたたかい水に。
この幻想を支えているのも胎内回帰願望なんだろう。


なんだかドキドキしてくる。