情報と媒体(2)

前回の続き・・・


新聞における媒体は「紙」ではなく「インク」である・・・という事実に気付いてみて何か色々分かってきた。そうなんだよな〜。「新聞は紙媒体」というのはテレビを「ブラウン管媒体」とか「液晶媒体」というぐらいにホントは変な事、なんである。テレビやラジオ、電話などは「電波」が媒体である。同じレベルで見るなら新聞はやはり「インク」だ。
じゃあなぜこういう混乱が起こるか、と言えばそれは「メディア」という概念の範囲がやたらに広すぎるからだろう。
◆参考:メディア (媒体) - Wikipedia
・・・要するに大概のものは媒体と捉えられる模様。だから媒体はもう少し詳細に分類して考えねばならない。もちろん既に色々分類はされているのだが、あらゆるメディアを統一的に理解できる分かりやすい分類が欲しい。のでちょっと考えてみた。何の専門的知識もないオレが(笑)
というわけで以下勝手に色々命名したり定義したりしますが生暖かい目でみてください。思いついたら調べたりしないで書きたい人間なので。と言ってもここでの定義を前提にしてこれから考えていくつもりなんですが・・・。




「媒体」とはAからBに何らかの情報が行き着くまでにそれを媒介する全てのモノ、と考えられる。その総称を「メディア」とする。で、このメディアは機能でもって4つに分類する事ができるのではないかと考えた。
(1)媒体
(2)受容媒体
(3)流通媒体
(4)翻訳媒体
以下一つ一つ説明してみる。


(1)媒体
極めて流動性の高い、いわゆる媒体。常に動いているモノ。
空気、水(インク)、光(電波)など。
とにかく流動性が高ければこの「媒体」だと思ってまず間違いない。


(2)受容媒体
流動性の高いいわゆる媒体を固着、キャッチするモノ。
インクに対する紙、電波に対するアンテナなど。
基本的にはここで流動性のあるものが固定化する。殆ど記録媒体・・・なのだがそれでは電波に対するアンテナが含まれない。それじゃまずいんで勝手に造語して次の流通媒体と分けて考える事にした。大体この二つは不可分のモノなのだけど機能としては違うと考えられるから。


(3)流通媒体
市場に出回る時の形態。パッケージ。
あらゆる商品。(とある種の経路)
これがちょっと難しい。市場に出るあらゆる商品なのだが基本的に固定化している、がゆえにこれ自体を「情報」と考える事もできる。その場合これが媒体とするのは「人間」である。
もう一つ。「ある種の経路」と考える事もできる・・・のだがややこしいのでこれは後述する。


(4)翻訳媒体
電波を映像に翻訳するテレビ、文字を翻訳する脳。
要するに暗号を人に分かるように翻訳する機能。脳の拡張。




あらゆるものはこの4つの内のどれかあるいは複合で説明可能だと思う。もちろんどのレベルで見るかによって内容は変わる。のだが一先ずこれでAからBに情報が行き着く過程を説明してみる。


【音声言語メディア】
まず最も基本的な音声によるコミュニケーション(空気媒体)の過程から。

  1. まずAさんが何らかの言葉を発するとそれは空気の振動によって周りに伝わる。(媒体)
  2. その振動をBさんの耳がキャッチする。(受容)
  3. それは同時に暗号化され神経経路によって脳に伝わる。(流通)
  4. 伝わった暗号を脳は解読、再構成して初めて言葉の意味を掴む。(翻訳)

【新聞メディア】

  1. まず何らかの言葉がインクによって形を与えられる。(媒体)
  2. そのインクが紙に固着する。(受容)
  3. 商品となった新聞が市場という経路によって我が家に届く。(流通)
  4. そこに書かれた言葉をオレの脳が解読して初めて言葉の意味を掴む。(翻訳)

【テレビメディア】

  1. まず何らかの映像、音声の暗号化されたものが電波にっよって周りに伝わる。(媒体)
  2. それを我が家のアンテナがキャッチ。(受容)
  3. アンテナ線という経路によってそれがテレビに伝わる。(流通)
  4. その暗号が映像、音声に解読されて初めてテレビを楽しむ事ができる。(翻訳)


という感じなのだがどうだろうか?おおよそこれであらゆるメディアを説明できるのじゃないかと思っている。でもややこしい部分もある。特に補足が必要なのは「流通媒体」と「翻訳媒体」であると思うので、それを「音声言語メディア」と「新聞メディア」の中間に位置する「手紙メディア」を例にして説明してみる。


【手紙メディア】
手紙は基本的には1:1対応のメディアである。
まずAさんが紙に文章を書く。ここは新聞と同じ。しかしこの「文章の書かれた紙」そのままでは相手のところには届かない。だから次にそれを封筒に入れ切手を貼るなどする事になる。この作業が「パッケージ化」である。このパッケージ化をする事によって「文章の書かれた紙」は「手紙」という流通媒体になるのである。ではこの「パッケージ化」とは何を意味しているのか?
それは「市場」のおいてある経路を確保する事である。住所や切手の貼られた「手紙」となる事でそれをポストに投函すると市場の中のある特殊な経路を通る事ができるようになり、届けるべき相手(客)に辿り着く。このようにある経路を確保する事とパッケージ化(商品化)はほぼイコールであると考えられる。つまりは経路の確保されたものが商品であり、商品化するという事は市場にある経路を確保する事、という事でこれが「流通媒体」というものが指し示している内容である。経路とそれを通る為の特殊な形態、というような意味でまぁちょっとややこしいがそういう意味である、と思う。それに当てはまるのが人においては「神経」であり、テレビにおいては「アンテナ線」である・・・といいたいわけなのだが。ここで重要なのは市場に出回っている内はそれは内容ではなくパッケージとして認識されている、という点である。手紙は「書かれている内容」が本質だが市場にある間はそれは「手紙」というパッケージとして扱われていて内容は読まれない。新聞も市場にある間はそれは内容ではなくパッケージとしての「新聞」として扱われているわけで、流通媒体とはそういうものなのである。分かってもらえただろうか?(不安)
とにかくこれでやっと手紙が相手のBさんのところに届いたわけだがここで一つ問題が起こる。もしBさんが文盲あるいは外人だとしたらどうだろうか?それが日本語で書かれた文章であればBさんはそれを解読する事ができない。つまりBさんにとってそれは「暗号」である。Bさんがその内容を理解する為には文字の読める人によって音声言語に、あるいは英語の出来る人によって日本語から英語に「翻訳」してもらわなければならない。そこで初めて手紙の内容を受け取った事になる。つまりこの翻訳してくれる人(の脳)がBさんにとっては「翻訳媒体」になる。「翻訳媒体」とは基本的には人の脳である、というのがこれで分かると思う。おおよそメディアは(1)〜(4)まで順々に伝わっていくのだが最後のこの「翻訳媒体」はない事もあるようだ。だが最後は結局この脳に行き着いて初めて伝わったという事が出来るのだと思う。




というわけで基本的にあらゆる道具は人が持つ機能の延長、拡張であり、メディアの最小単位は「人間」であると思う。だからまずこの人間というメディアに基づいて考えたのだが、人が新聞、あるいはテレビの画像などを見る為にも当然「音声言語メディア」と同じ過程が必要である。すなわち光によって媒介されたものを目がキャッチして神経回路を通って脳によって翻訳、再構成されて初めてそれが伝わったと言える・・・
とこういう風に「いわゆるメディア」はめちゃくちゃ複雑である。そもそも人間自体がメディアである以上それがたくさん関わって作られる巨大なメディアは様々なものが複雑に絡み合っている。ここでは最初に「媒体」を置いたけどももちろんこの前の段階も色々あるわけでとてもじゃないが手に負えない。


これ書いてみてメディアがいかに難しく捉えがたいものかよく分かった。シロウトはメディア論に手を出してはいけない。(ちょっと後悔泣)
とにかくそれでも一応基本的な前提を理解しておかねばならないと思って考えてみたわけなのでいわゆる「メディア」とは何か?と言う前提にこれを置いた上で考えていく予定。それからこのシリーズは「ネットと新聞の関係性」が中心のテーマのつもりなのでそういう方向に行く予定でもあります。
(なのにネットについてここで書いていない・・・。なぜかと言うとネットについてオレは全然知らないから、なのです。そんなヤツがこんなテーマを書いている・・・のでそういうつもりで読んでください。でも基本は同じだと思うのでちょっとだれかこれで説明して欲しいな〜と思ったり思わなかったり・・・)
で、一つテーマに関係するかもしれないものとして「受容−流通」がどちらかというと固定化、「媒体−翻訳」が流動的であるように見える、というのを指摘して終わっときたい。