自然+主観=公?

ブログ界は「銭湯文化」の正統後継者と成りえるのか?(前編)
ブログ界は「銭湯文化」の正統後継者と成りえるのか?(後編)


例のごとく補習。
トラバしてくれたOhgyokuさんのhttp://d.hatena.ne.jp/Ohgyoku/20050602/anonymoushttp://d.hatena.ne.jp/Ohgyoku/20050602/1117669124、更に前編の【番外編】で紹介したhttp://blog.livedoor.jp/nenashi_at_sage/archives/23280920.htmlは共に「ペルソナ」に関する話。で、これは多分


>要するに無名性とは「社会的自己では無い本来自然な人間のあり方」という意味だ。(後編より)


ここに対する突っ込みになるのだと思う。一応オレも「本当の自分」なんて無い、と思っているしそれがラッキョの皮むきになるというのを踏まえた上で注意して書いたのだけど、絶対そう読む人もいるだろうな〜と思っていたので突っ込みは非常にありがたいです。ただペルソナの話は多分ドツボに嵌まるとも思っているので(笑)それは一先ず置いといて。
で、自分で自分の記事解説してしまうと「銭湯文化」との対比で重要なとこはそこが普通よりむしろ極めて「公共性の高い場になっている」というとこだと思ってます。なのでそこんとこをもうちょっと詳しく書きます。




今回この匿名実名論争をもうとっくに済んだ話だっていう人が結構いた。オレはしかし違うと思っている。もちろんその「済んだ話」を知らないからであるし、フローな話で書いたように同じ話の繰り返しの意義を認めているからでもある。でもそれだけではない。今回の論争を実名匿名のメリット・デメリットという話で落ち着かせるのに不満があるのである。
論争の元にもなっているドクター苫米地ブログ − Dr. Hideto Tomabechi Official Weblog - ライブドアブログでいうとより有意義な論点になるのはここだと思われる。

概観して、ひとつの落としどころとしては、匿名のブログは、どうぞご自由に、勿論、その場合は、コメントもトラックバックも匿名でどうぞ。但し、実名のブログには、コメントやトラックバックも実名で、という棲み分けだろうが、私自身は、日本のブログ文化の将来、特に、メディアとネットの融合という観点での将来を考えている。その中では、ブログは、各個人が実名というリスクを背負うことで、健全なものとして発展していくものと現在考えるに至った。

勝手に解釈させてもらうと。

  • ネットが現実社会に何がしかの影響力を持つにはある程度以上「公共性」の高い場になる必要がある。そしてそのある程度以上の公共性は実名でなければ確立されない。

こういう事なのだ。(多分)
そしてこれ自体は基本的に「正しい」と実は思っている。確かに実名によればそういった場は確立できるだろう。そしてそうなれば現実社会に大きな影響力を持つ事もできるだろう。「ある程度公共性の高い場」になる事と「社会への影響力」はここではほぼイコールになるのだと思っている。
しかし・・・それじゃ面白くないよね、ってとこを書いてるのが【番外編】で紹介したcatfrogさんの一連の記事だ。


http://plaza.rakuten.co.jp/catfrog/diary/200505220001/
http://plaza.rakuten.co.jp/catfrog/diary/200505230002/
http://plaza.rakuten.co.jp/catfrog/diary/200505250001/
http://plaza.rakuten.co.jp/catfrog/diary/200505260000/
http://plaza.rakuten.co.jp/catfrog/diary/200505300000/
http://plaza.rakuten.co.jp/catfrog/diary/200505300001/


グッ・・・お、面白い。まだ結論書いてない段階で紹介するのはあれなのだけど(プレッシャー受けんのは嫌いなのに与えるのには無頓着で笑)とにかく今のところ激しく同感。お勧めです。(今過去ログもチビチビ読んでますが・・・唸りっぱなし泣)
で、上の苫米地ブログに対する根本的な反論は基本的には二つしかないのだと思う。

  1. そんな世界にする必要がない
  2. 実名によらずとも公共性は確立できる

今回色々意見を読んだのだけど匿名派には1の人が結構多い。一口に匿名派と言ってもこの二つはおそらく全然違うのだ。
で、オレはもちろん2であってその一つの根拠になるものとして「銭湯文化」というのを提示したわけなのである。
というわけで非常に長い前フリだったのだけど以下この「公共性」の部分をもう少し突っ込んで書いてみる。







■三つの軸
後編で示した〈自然−社会〉〈主観−客観〉という二つの軸。これにもう一つ〈私−公〉を加えた三つの軸は重なるようでそれぞれ別々の軸になると考える。そしてこの三つを使えば後編の結論である


2ちゃん−匿名性
ブログ −無名性
SNS −実名性


というのをうまく説明できる。おそらくこういう事なのである。


【2ちゃん(匿名性)】=【自然】+【客観】=【私】
【SNS  (実名性)】=【社会】+【主観】=【私】
【ブログ (無名性)】=【自然】+【主観】=【公?】


分かる人にはこれだけでも分かってもらえそうな気がするのだけど説明するとなると非常に難しい。正直まだ書けるレベルではないのだけど・・・ブログなんでいいかなという事で何とか説明してみます。
【2ちゃん】
は自然である。これは後編で書いた実名は社会を担っておりゆえにHNが自然を表す、わけなので匿名である2ちゃんは更に強く自然を表現する。というより多分自然過ぎる(笑)
そして同じく匿名であるがゆえに極めて客観的である。相手からは誰かは分からない、という意味で2ちゃんは「外野」であり、意見がいくら独断と偏見に見えても立ち位置、視点は常に客観。
自然+客観は結局「私」であって「公」にはならなかった・・・。2ちゃんが終わった、というのはオレはそういう意味だと思っている。


【SNS】
まぁmixiしか知らんのだけども。そしてこれは印象論でしかなかったりもするのだけども。
ひょんな事からmixiに参加してみた第一印象が「私的」というのと「2ちゃんと正反対」というものだった。そもそもこの話の出発点がこの直感でこれをうまく説明できないかな〜と考えてたらこういう話になったのです。
実名が推奨されていて社会性は一番強い。現実での知り合いとのコミュニケーションに使っている人多し。でもなぜか私的な印象。まぁ閉じてるから、なのだろうけど。
で、2ちゃんと逆で極めて「主観的」なとこがポイントなんじゃないかと。その立ち位置、視点が「外野」じゃないんだと。
という事で社会+主観もやっぱり私的なものになってしまうのじゃないかと思う。2ちゃんと正反対で、でも私的な印象を与える点で共通している。「公」には多分ならない。


【ブログ】
でブログ、なわけなのだけど自然については既に書いたのでブログの主観性について。
これも実は第一印象の直感。そしてやっぱりまだうまく説明できず、なのだけど最近極東ブログに非常に興味深い文章があったのでちょっと引用させていただく。

極東ブログを続けながら、私の側でスタンスが少しずつ変わる点がある。私については、このブログで正論や、知的にレベルの高い意見を述べる必要はない(できもしないが)、と思いつつある。
 そうではなく、ある問題について私はこう思うという発言と、こう思った私の思いをきざんでおく、という二点が重要だと考えるようになった。この二点がブログに満たされれば、ある種の問題に関心のある人が、自由に距離を置いて接することが可能になるのではないか。

これをどう解釈するか。ちょっと文脈的にも高度過ぎてはっきりは分からないのだけど、オレはこれを
主観>客観
という風に解釈した。まぁ間違っているかもしれない。でも仮にそうだとしたら我が意を得たりなのである。そしてこの記事の主題もまさにブログの「公」についてであるところも面白い。(権威主義、なんだけどオレの直感だけよりはましかな〜という事で紹介)
もう一つ。
実はあと一つ組み合わせがある。
【社会】+【客観】=【公】
これが何を表しているかというと要するに「既存メディア」なのである。これは説明するまでもないと思う。
改めてまとめる。


【メディア(実名?)】=【社会】+【客観】=【公】
【SNS  (実名性)】=【社会】+【主観】=【私】
【2ちゃん(匿名性)】=【自然】+【客観】=【私】
【ブログ (無名性)】=【自然】+【主観】=【公?】


要するにこういう事が言いたかったのです。

  • ブログは既存メディアとは逆のベクトルを持っている。がゆえに古くて新しい「公」のかたちが成立し得るのではないだろうか。世界的にも極めて特殊な「銭湯文化」の成立した国なのだから。そしてそれがブログの社会的意義であり同時に日本的ブログの意義になるのではないか。

今回の論争を済んだ話だと思っている人はちょっと違うのではないかと思っている。ネットが今だに社会への影響力が少ないのはそこが結局「私的な場」であると見なされているからなのだと思う。だとしたらこのネットの世界にある程度以上の「公的な場」を確立できるかどうかは決して終わった話ではない。実名ならできるかもしれないけど全然面白くない(オレが)。その必要はない、というのも長期的には多分そんな事言ってられなくなると思う。
という事で説明はグダグダだったけども(笑)一先ず結論のみ提出しときます。